分析機関から届いた報告書に「石綿 不検出」とある。
この一行で、現場は「なし」として動き出します。
ただ、この判定が正しいかどうかは、実は分析の前の段階でほとんど決まっています。
偽陰性、つまり本当は含まれているのに「なし」と出てしまうケースは、分析機器の性能より、検体の取り方と前処理で起きます。
ここでは、どこで偽陰性が生まれるのか、そして分析機関をどう選ぶのかを整理します。
※本稿は2026年10月時点の法令・公的資料に基づいています。
「不検出」が意味するもの
報告書の「不検出」は、石綿がゼロという意味ではありません。
その分析方法の検出限界を下回った、という意味です。
つまり、限界値以下の含有は、存在していても「不検出」と表示されます。
もう一つ重要なのは、分析対象が6種類の石綿すべてかどうかです。
2008年2月以降、分析対象はクリソタイル、アモサイト、クロシドライトに、トレモライト、アクチノライト、アンソフィライトを加えた6種類になりました。
それ以前の報告書は3種類しか見ていない可能性があります。
除斥期間という時間の壁
| 場面 | 何が起きるか | 見分け方 |
|---|---|---|
| 採取位置が偏っている | 補修跡や別ロットを外す | 写真と図面の位置が一致しているか |
| 1検体にまとめた | 異なる材料を混合し、含有率が薄まる | 材料ごとに検体番号が分かれているか |
| 表層だけを採取した | 塗膜・化粧層の下の石綿層を外す | 層構成の断面写真があるか |
| 前処理が不十分 | 粗い粒子が残り、回折強度が下がる | 粉砕・分粒の条件が報告書にあるか |
一番多いのは、1番目と2番目です。
同じ「けい酸カルシウム板」でも、1階と5階、竣工時と改修時では別の材料です。
それを1検体にまとめると、含有率が半分以下に薄まり、0.1%を下回ることがあります。
検体採取の鉄則
国土交通省の「建築物石綿含有建材調査マニュアル」では、1,000㎡以下の建築物の調査で、試料採取は2検体を基本とする考え方が示されています。
ただし、これは下限の目安であって、現場の実態に応じて増やすべきものです。
- 材料ごとに分ける。名称が同じでも、施工時期・部位・ロットが違えば別検体
- 層ごとに分ける。塗膜、下地、ボード、接着剤は、それぞれ別の材料として扱う
- 補修跡は別検体にする。上から張り直した部分は、当初材と別物
- 湿潤化して採取する。乾いた状態で削ると、石綿が飛び、検体も偏る
- 写真を3種類撮る。引き、材料のアップ、層構成の断面
- 採取位置を図面に落とす。検体番号と写真番号を紐づける
6番目は地味ですが、効果が大きい。
後から「この検体はどこから採ったのか」を確認できるだけで、報告書の重みが変わります。
分析機関の選び方
分析機関は、価格と納期で選ばれがちです。
ただ、石綿分析は前処理と判定の丁寧さで結果が変わる領域です。次の点を確認してください。
- JIS A 1481の規格群に対応し、どの版で分析するかを明示できる
- 厚生労働省の「石綿則に基づく事前調査のアスベスト分析マニュアル」に沿っている
- 定性分析の方法(偏光顕微鏡法か、X線回折+位相差・分散顕微鏡法か)を選べる
- 「不検出」の場合、検出限界と判定の根拠を記載する
- 再分析や追加分析の受付ができる
- 内部精度管理(標準試料による確認)の体制がある
特に4番目は重要です。
「不検出」とだけ書かれた報告書は、判断の材料になりません。
検出限界と、どうやってその結論に至ったかが書かれているかを見ます。
判断がつかないときの選択肢
定性分析で「不検出」だったが、建材の年代や用途から含有が疑わしい。
このときは、3つの道があります。
再サンプリングして別の方法で分析する。
定量分析を追加する。
そして、石綿が使用されているものとみなして措置を講じる。
石綿則第3条第5項のただし書きは、みなしで労働安全衛生法上の措置を講じる場合、分析調査を省略できるとしています。
費用はかかりますが、判断の不確実性を消せるという意味では、最も安全な選択です。
「不検出」は結論ではなく、条件つきの観測結果です。
どの検体を、どう採り、どの方法で、どの限界まで見たのか。
この4点が揃って初めて、根拠として使えます。
報告書を読むときのチェックリスト
届いた報告書は、結論の前に次の項目を確認します。
分析日、分析機関名、担当者、準拠した規格の版、試料の採取位置、検体数、分析方法、検出限界。
これらが揃っていない報告書は、社内稟議に添付しないほうが安全です。
古い報告書を流用する場合は、なおさらです。
今回の工事範囲と調査範囲が一致しているか、分析対象が6種類か、0.1%基準で判定しているか。
ここを確認せずに使うと、後で覆ることになります。
よくある質問
1検体だけ分析して「不検出」でした。これで十分ですか。
材料の種類と施工時期が単一で、範囲も狭い場合は判断材料になります。
ただ、複数の材料や改修履歴がある現場では、1検体では代表性を担保できません。
材料ごとに分けて採取してください。
分析機関によって結果が違うことはありますか。
あります。前処理の方法、検量線の作り方、装置の性能で差が出ます。
特に0.1%前後では差が顕著です。
結果が割れた場合は、どちらかを採用するのではなく、分析法と前処理の違いを確認してください。
「不検出」でも報告は必要ですか。
規模要件を満たす工事であれば必要です。
石綿が含まれていないという結果でも、事前調査の結果として報告します。
報告をしていないと、立入検査で即座に分かります。
まとめ
「不検出」はゼロではありません。
検出限界未満という意味であり、条件つきの結果です。
偽陰性の多くは、分析の前の段階で生まれます。
検体の分け方、層の分け方、補修跡の扱い。ここを丁寧にするだけで精度は上がります。
分析機関は、価格ではなく、方法と限界を書けるかで選ぶ。
報告書に検出限界がないなら、その時点で判断の材料になりません。
参考資料
JIS A 1481-1~-5(建材製品中のアスベスト含有率測定方法)
厚生労働省「石綿則に基づく事前調査のアスベスト分析マニュアル」
国土交通省「建築物石綿含有建材調査マニュアル」(平成26年11月)
厚生労働省「建材の石綿分析」(石綿総合情報ポータルサイト掲載資料)


